大道寺将司句集Ⅱ「鴉の目」について2007年03月01日 14:08

『大道寺将司句集Ⅱ 鴉の目』現代企画室, 2007.1表紙

 戦後初の政治犯として死刑が確定した大道寺将司。
 彼の第一句集『友へ』(ぱる出版)が発行されて6年が経った。今回の『大道寺将司句集Ⅱ 鴉の目』(発売/現代企画室)は、その後の彼の作品を集大成したもの。
 ここ数年、ひるがえってこの10年。日本は大きく変わった。劣化したのは人の心。なにが人々の心をここまで荒廃させたのか。その最大の要因、劣化装置を仕掛けたのは政治。いわくグローバル化という名のアメリカナイズ。弱肉強食。リングから落ちた敗者を、さらに溝の中にまで引きずろうという非情のシステム。
 いやはや、その政治装置に踊らされざるを得ない庶民の右傾化、心の荒廃の進みぐあいの速いこと。

 7年前の4月、大道寺は『友へ』の中でこううたった。

  花影や/死は工まれて/訪るる

 ここにうたわれている「死」は、死刑執行のみを指しているのではないだろう。現在進行中の私たち、庶民の「死」。心のすさみを悲しんでいるかのように私には感じられる。

 「太陽と死とは直視することができない——」とラ・ロシュフコーは書いた。今、シャバに進行しているすさまじい心の荒廃=すさみ、もまた、太陽と同じく正視に耐えるものではない。このすさみは、死刑判決の乱発と無縁ではない。殺人をあおっているのは、国家システムとしての裁判所そのものだ。と、私には思える。

 『鴉の目』に収められている句についてナニか書いてみたら、というふーちゃんのうれしい心づかい。ならば、とここに応じてはみたが、ページに埋まっている300有余の句のひとつ、一つが心に引っかかって、どうにもまとまりがつかない。

 04年5月12日。大道寺の母堂、幸子さんが亡くなった。それを知らされた直後の大道寺の句がこれ。

  その時の来て/母還る/木下闇   『鴉の目』84ページ

 一ヵ月の後、再び母の死に触れ

  母死せる/あした色濃き/額の花   『鴉の目』85ページ

 「その時の〜」の句には、予告されていた別れを静かに受けとめようと努める諦観の匂いがあり、「あした色濃き」にはなじみきれない別れ=死への情念のにじみを色濃く感受する。
 「死」について触れた大道寺の句は続き、これからも折に触れてうたわれるのだろうけれど、その句の一つ一つの裏に、直接には記されることのない母、幸子さんの死が刻印されている。され続けるのであろう……。という風に、私は考えている。この稿、続きはまたいつか。
WRI近江・ニシムラ

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『大道寺将司句集Ⅱ 鴉の目』
序文・辺見庸「記憶と沈黙——最終次元としての言葉へ」
A5判 128頁 定価1,500円+税 2007.1
ISBN978-4-7738-0702-8 C0092
発売元:現代企画室
〒150-0031東京都渋谷区桜丘町15-8 高木ビル204
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