今日はおいちゃんの命日 ― 2007年08月06日 08:08
八月六日はおいちゃんの命日。まる四年やなあ。
そして広島に原爆が落とされた日。おいちゃんは、原爆が落とされて一ヶ月くらいたった頃、広島に行ってみたんやて。
「駅を降りると、まだ未明で薄暗い。ああー、何にもない……なにしろずっーと遠くまで景色をさえぎるもんはなんにもないんや。それでも朝もやにじっと目を凝らしてると、あたり一面、地中からにょきにょきと黒い葦がはえてるのがボーッと浮かんで見える……。と、思ったら、それはよくよく見たら、水道管とガス管やんか。建物という建物が全部壊されて、広島の街一帯にはりめぐらされていた水道管とガス管がちぎれて剥き出しになって、それがまるで沼地に葦がはえてるようにみえたんや」
……とおいちゃんから聞いた話を八月になったらよく思い出す。まるでわたしもそこにいっしょに佇んでたみたいに。
おいちゃんがそのとき拾ってきた、表面が泡状になった瓦のかけらが、いまも机の引き出しにとってある。……。
★
記録
一九四五年八月六日朝八時すぎ。
すでに警報はでていたが、その後情報もなかった。
やがてただ一機のB29が、広島のはるか上空を、銀箔のようにうつくしくうかびながら、ゆるやかにとんできたのだった。
*
丁度、そのとき、市内のとある銀行入口の石段にひとりのおとこがすわっていた。
おとこは少しくたびれたようにうなだれ顔に手をあてて、何か考えている風にみえた。
しかし、それはまもなく銀行がひらくのを、所在なげにまっていたすがたかもしれない。
と、するどく皮膚をきりさかれたようないたみを感じ、とつぜんおとこは、街中がまっしろにかがやくのをみた。
一しゅんおそってきたおそろしい爆風に家はおしつぶされ、街中のビルは、ごうごうと土けむりをあげながらくずれだした。
おとこは立上りざま、体ごとがあんと石の柱にぶっつけられ、それから、どこへ消えたのか、あっというまもなくもうあとかたもなくなっていた。
*
が、ひとつ、おとこがその生身をもってこの世にのこしていったものがあった。
おとこの五体が原子爆弾のまっしろなひかりに焼けただれたとき、すわっていた石段に、おとこの影がくっきりとおち、そのまま、御影石の表面にやきつけられていたのだった。
以来……年。
うすあかくやけひびわれた石段のひとところ、風雨にさらされるにつけ、おとこの影は月日と共に次第にあわくうすずみながら、もの悲しげに浮きあがってきた。
その影はあの日のすがたそのまま、すこしうなだれて、石段の片隅にすわりこんでいるという。
*
街にはいつしかさまざまの家がたちならび、市電はつとめ人たちをいっぱいのせて走りだしていた。
ふたたび修復した銀行へ、日々百千のひとたちが石段をふんで出入りし、そのまえをおびただしい人波が一日中あるきつづけた。
だが、その影は、街のにぎわいにも気がつかぬように、顔のあたりに手をあてて、なにかくたびれきった姿で、ずっと考えこんだままだという。
原爆による広島の死者二十万。
そのおとこがどこの誰で、なぜそこにいたのかさえ、今は知るすべもない。
が、ひとしきり勤め人がゆきかえる夏の日のひけどき頃、丁度ながれてくるうすい夕日をあびて、その影は、ふとほのじろくうきあがりながら、なにかを一心にかんがえこみ、いまもなおあの日そのまま、石段のかたすみに、じいっとしずかにすわりこんでいるのだという。
一九四九年十一月 向井 孝
そして広島に原爆が落とされた日。おいちゃんは、原爆が落とされて一ヶ月くらいたった頃、広島に行ってみたんやて。
「駅を降りると、まだ未明で薄暗い。ああー、何にもない……なにしろずっーと遠くまで景色をさえぎるもんはなんにもないんや。それでも朝もやにじっと目を凝らしてると、あたり一面、地中からにょきにょきと黒い葦がはえてるのがボーッと浮かんで見える……。と、思ったら、それはよくよく見たら、水道管とガス管やんか。建物という建物が全部壊されて、広島の街一帯にはりめぐらされていた水道管とガス管がちぎれて剥き出しになって、それがまるで沼地に葦がはえてるようにみえたんや」
……とおいちゃんから聞いた話を八月になったらよく思い出す。まるでわたしもそこにいっしょに佇んでたみたいに。
おいちゃんがそのとき拾ってきた、表面が泡状になった瓦のかけらが、いまも机の引き出しにとってある。……。
★
記録
一九四五年八月六日朝八時すぎ。
すでに警報はでていたが、その後情報もなかった。
やがてただ一機のB29が、広島のはるか上空を、銀箔のようにうつくしくうかびながら、ゆるやかにとんできたのだった。
*
丁度、そのとき、市内のとある銀行入口の石段にひとりのおとこがすわっていた。
おとこは少しくたびれたようにうなだれ顔に手をあてて、何か考えている風にみえた。
しかし、それはまもなく銀行がひらくのを、所在なげにまっていたすがたかもしれない。
と、するどく皮膚をきりさかれたようないたみを感じ、とつぜんおとこは、街中がまっしろにかがやくのをみた。
一しゅんおそってきたおそろしい爆風に家はおしつぶされ、街中のビルは、ごうごうと土けむりをあげながらくずれだした。
おとこは立上りざま、体ごとがあんと石の柱にぶっつけられ、それから、どこへ消えたのか、あっというまもなくもうあとかたもなくなっていた。
*
が、ひとつ、おとこがその生身をもってこの世にのこしていったものがあった。
おとこの五体が原子爆弾のまっしろなひかりに焼けただれたとき、すわっていた石段に、おとこの影がくっきりとおち、そのまま、御影石の表面にやきつけられていたのだった。
以来……年。
うすあかくやけひびわれた石段のひとところ、風雨にさらされるにつけ、おとこの影は月日と共に次第にあわくうすずみながら、もの悲しげに浮きあがってきた。
その影はあの日のすがたそのまま、すこしうなだれて、石段の片隅にすわりこんでいるという。
*
街にはいつしかさまざまの家がたちならび、市電はつとめ人たちをいっぱいのせて走りだしていた。
ふたたび修復した銀行へ、日々百千のひとたちが石段をふんで出入りし、そのまえをおびただしい人波が一日中あるきつづけた。
だが、その影は、街のにぎわいにも気がつかぬように、顔のあたりに手をあてて、なにかくたびれきった姿で、ずっと考えこんだままだという。
原爆による広島の死者二十万。
そのおとこがどこの誰で、なぜそこにいたのかさえ、今は知るすべもない。
が、ひとしきり勤め人がゆきかえる夏の日のひけどき頃、丁度ながれてくるうすい夕日をあびて、その影は、ふとほのじろくうきあがりながら、なにかを一心にかんがえこみ、いまもなおあの日そのまま、石段のかたすみに、じいっとしずかにすわりこんでいるのだという。
一九四九年十一月 向井 孝