強奪するものには全てを輿へられる2007年01月24日 12:09

 請願するものには輿へられず
 強請するものには少しく輿へられ
 強奪するものには全てを輿へられる

 「女掠屋リキさん伝」に、古田大次郎の獄中回想文「小坂事件」からこんな文章を引いた。1920(大正9)年、望月桂の黒耀会美術展で、大杉栄が出展した掛け軸に書いてあったらしい。
 リキさん伝の扉かどこかに、この言葉をおきたい——と思ったので、引用にあたってその由来を調べた。あれはプルードンが言ったんじゃないかなぁ、というひともいたから、何冊か翻訳が出てるプルードンの本にもあたってみた。「財産とは盗みだ」というのはあっても、こんな言葉は見当たらない。
 古田は「この言葉は、初め僕が考へたやうに、大杉君の言ひ出したものではなく、獨逸かどこかの格言だといふ事も、何かの雑誌で見て知つた。」とつづけて書いている。そこで、今度は独文学に親しい方など、複数の方をわずらわせたが、けっきょく、不明のまま刊行となってしまった。
 ところが先日、大杉豊さんのご教示によってようやく判明した。

 一昨夜も僕は、大久保の近代思想杜で開かれたサンジカリズム研究会において、やはりこの誇りから、Arnold RollerのDie direkte Aktion(直接行動論)の一章を講じた。題は革命的同盟罷工——経済的および社会的テロリズムという、はなはだ元気のいい、したがってその内容も、「乞いねがうものには何ものも与えられない、おびやかすものには多少与えられる、無法を働くものにはすべてを与えられる」という俚諺をモットーとした、極力的暴力論の主張であった。僕も大ぶ油がのって、ふだんの吃りにも似合わないかなりの雄弁(?)をふるった。(大杉栄「籐椅子の上にて」1914)

 これは「大杉栄評論集」(飛鳥井雅道編、岩波文庫、1996)にも掲載されている文章だから、案外多くのひとが知っていたことなのかもしれない……。
 ともかく、以上を「女掠屋リキさん伝」の補遺・注釈として。(MN)

かくもなおすも恋のみちかな2007年01月25日 14:20

「彷書月刊」2007年2月号、彷徨社

昨日は幸徳秋水、今日は菅野すがが縊られた日。
「彷書月刊」2007年2月号(彷徨社)が店頭に並びました。
特集、ふたりはいつも。
寺山修司・九条今日子、生田耕作・生田かをる、となぜかならんで向井孝……
年末、そばもたべずに書きあげた、水田ふう「かくもなおすも恋のみちかな」が掲載されています。
ねだんは、700円+税。
模索舎、三月書房などでぜひお求めください。
*http://www3.tky.3web.ne.jp/~honnoumi/

貝原さんの絵をなぞって2007年01月28日 22:01

文学史を読みかえる8/池田浩士編「〈いま〉を読みかえる——「この時代」の終わり」インパクト出版会,2007.1

たまたま刊行案内がつづきます——
文学史を読みかえる8/池田浩士編『〈いま〉を読みかえる——「この時代」の終わり』(インパクト出版会)が出版されました。
2005年6月30日に亡くなった貝原浩さんを追想して書いた、水田ふう「貝原さんの絵をなぞって」収録。
シリーズさいごの本で、400頁を超えるヴォリューム。ねだんは、3,500円+税。

貝原浩のベストセラー戯評1999-2005
*http://www.snews.net/news/kbs/index.html